東日本大震災から10年の節目となる2021年3月。福島の課題から浮き彫りになる社会課題に関心を持つ次世代リーダーを発掘し、未来を創造していく「NA→SA」(Next Action→ Social Academia)プロジェクトが始動した。その1年間の成果報告会が、先ごろ福島県の小高パイオニアヴィレッジにて開催された。
復興を超える。被災地の課題解決を起点に、社会をアップデートするNA→SAプロジェクト
NA→SAプロジェクト(https://nasa-pj.jp/)は、次の10年を担う「ゴールデンエイジ」(16歳~29歳)と呼ばれる若い世代を支援し、福島を中心に新事業を創生しようという試みだ。
本プロジェクトを立ち上げた一般社団法人パイオニズム / 株式会社小高ワーカーズベース(https://village.pionism.or.jp/)の和田智行氏【★写真1】は「震災当時、思春期の多感な10代を過ごした若者たちが、大地震による被災や原発事故という原体験を通じて社会課題を感じ取り、何かアクションを起こしたい、あるいは不条理をなくしたいと考えるようになりました。子供だった彼ら彼女らは10年を経て大人になり、いまや次の社会を創る礎(いしづえ)となる人材になりました。そこでゴールデンエイジがやりたいことを形にしていくための機会と場を提供しようと考えました」と経緯を語る。
本プロジェクトのビジョンは「復興を超える。被災地の課題解決を起点に、社会をアップデートする」こと【★写真2】。小高ワーカーズベースを拠点に、アカデミアを運営して、地域課題の解決につながる事業を創り出していくことになるが、単なる被災地復興という文脈でなく、未来の社会課題を解決し、より良い社会を構築することを目指している。
福島県 南相馬市・小高区は、 東日本大震災と原発事故で全域が避難指示区域に指定され、住民が一時期まったく消えた町だ。マイナスから始まった復興に尽力してきた和田氏は「前代未聞の複合災害によって、誰も経験したことのない課題が山積するなかで、新しい事業を生み出すことが、逆に過去の延長上にないイノベーションを起こす可能性を秘めていると思います」と力説する。
3つの柱を掲げ、フェーズごとの4クラスで若者が新事業に挑む!
NA→SAプロジェクトでは、3つの柱を掲げている。1つ目は本プロジェクトに参加するチャレンジャーの状況を鑑み、4つのクラスに分け、フェーズに応じた専門家に伴走してもらうこと。2つ目は、同じ価値観で社会課題に取り組みたいと思っている同世代とつながり、コラボレーションできる人材ネットワークを構築すること。3つ目は、起業家と企業が連携し、地方創生につながるプラットフォームになることだ。
クラス分けについては、1年以内に起業をめざず「アポロクラス」、アイデアはあるが、進め方が分からない人向けの「第2ロケットクラス」、起業への関心があるが、アイデアがない人向けの「第1ロケットクラス」、起業までは考えていないが、福島や社会のために何かしたい人向けの「ブースタークラス」に分けられている【★写真3】【★写真4】。
1年目の具体的な実績としては、アポロクラスはMAKOTOキャピタル(https://mkto-capital.jp/)のメンバーに伴走してもらいながら4人のうち3 名が事業を開始。またそのうち1名が起業準備のため小高に移住している。ロケットクラスには31名がチャレンジ中で、7名が地域プロジェクトを実践、13名が起業の種を見つけ、12名が事業づくりに挑戦中で、そのうち1名は福島県浪江町に移住してイベントも開催。一方、ブースタークラスのイベントでは延べ231名が参加し、「NA→SA会議」を通じ、サポータコミュニティを形成している。
NA→SAプロジェクトのチャレンジャーは福島出身・在住者より県外在住者が多く、オンラインを通じて1年間活動してきた。オンラインではNA→SA会議を毎月実施し、カタヤブリの大人たち、たとえばYahoo!の川辺健太郎社長などの講演など、さまざまなワークショップやイベントにも参加している。
1年間の成果を発表!アポロクラスではすでに事業を開始したチャレンジャーも!
ここからはNA→SAプロジェクトに参加したチャレンジャーの活動を紹介しよう。
【アポロクラス】野代菜帆さん
野代さんは昨年、大学院在学中に株式会社MizLinx(https://mizlinx.com/)を起業し、代表取締役CEOに就任した。「海×IoT」に着目して開発した海洋モニタリングシステムによって、福島をはじめとする東北漁業の課題解決に向けて事業を展開すべく、NA→SAプロジェクトに参加。事業コアとなるシステムは、水温やカメラなどのセンサモジュールを搭載した固定式/移動式の浮体だ。無線経由で陸上の漁業関係者にセンサデータや映像を伝送し、スマートフォンのWebアプリで海の環境をモニタリングする仕組みだ。すでに経済産業省傘下のIPA未踏アドバンスト事業に採択されるなど、その活動が注目されている。現在は継続的な事業経営などに本格的に着手し、モニタリングシステムから得られたデータの利活用や顧客開拓に注力しているという【★写真5】。
【アポロクラス】佐々木遥香さん
「ママでも! 田舎でも自分の人生を楽しめるしごとづくり」にチャレンジしたのは佐々木さん。「少女の心(童心)を忘れない」をテーマに、南相馬で「mums’」という子育てコミュニティを発足。またNA→SAプロジェクトでは親子向けにゆっくり寛げるカフェを企画し、makotoキャピタルの支援を受けながら、プレオープンまで漕ぎ着けた。まだ課題も多く残っており、現在企画を再度練り直しているところだという。
【アポロクラス】松本光基さん
松本さんは「相馬で選択肢と関わりしろを。」をテーマに昨年、合同会社WA-WA(https://www.wa-wa.work/)を創業し、クラウドファンディングに挑戦しながら、若者の居場所となるゲストハウスを相馬につくる活動を展開中だ。現在は仮説検証から実プロダクトとしての落とし込みフェーズに入っており、東京理科大の学生を招き、ゲストハウスの家具づくりをしているところ。2022年6月以降のゲストハウスのオープンに向けて準備を進めているという。
【アポロクラス】大川 翔さん
郡山市出身の大川さんは「福島を変革する男 社会人1年目の挑戦」をテーマに、福島のモノ・コト・ヒトを発信する活動やコミュニティを運営しており、NA→SAプロジェクトを機に小高区に移住して起業準備中だ。現在はHuberという会社に所属し、南相馬プロジェクトマネージャーとして小高区役所で移住促進事業やガイドなど担当。また1年前に学生に無償の教育プログラムを提供して、子供たちの教育格差をなくす「Fukushimafrogs」(https://www.fukushimafrogs.com/)を立ち上げた。本プロジェクトに参加した動機は、事業立ち上げの伴走とサポーターを求めていたから。現在は小高にある空き家を利用し、コミュニティハウス事業を準備中だ。
ロケットクラス、ブースタークラスでも新規事業がタネから着々と育つ
このほかにも当日の成果発表会では、ロケットクラス、ブースタークラスのチャレンジャーの奮闘が紹介された。
【第2ロケットクラス】吉田幸希さん
吉田さんは「大熊町でアートプロジェクトの実行!」に挑戦。小学生のときに被災した同氏は、福島のために起業したいという想いを胸に秘め続けていた。昨年「みんくま」(みんなで大熊町づくりプロジェクト)という学生団体を発足し、交流人口の創出に取り組んでいる。また「新進気鋭の芸術学生が長期滞在するアートフェスで大熊町の彩どりと音を取り戻す」というアイデアで、大熊町の学生アイデアソンにて最優秀賞を受賞。大熊町の交流施設「KUMA・PRE」で働きながら、直近ではアイデアソン採択のフェスのキックオフイベントを3月に開催した。さらに2022年夏の芸術祭に向けた準備に向けて発進中だ。
【第2ロケットクラス】野地雄太さん
野地さんは「浪江町で留学しない留学体験プログラムをつくる」という事業に挑んでいる。米国の大学に留学した経験を持つ野地さんは、2022年にByond Labを創業。当初はブースタークラスに所属していたが、自身のアイデアが「HAMADOORIフェニックスプロジェクト」に採択。ここで、さまざまな人に出会って多様性に気づいた自身の体験から、留学しなくても広い視野を身に付けられるように、国際交流キャンプを開催したり、異文化コミュニケーションの教育カリキュラムを提供するプログラムを立案。現在はNA→SAプロジェクトの第2ロケットクラスに移行し、さらに起業への実現に向けて歩んでいる。
【第2ロケットクラス】菅原智洋さん
秋田県大館市出身の菅原さんも第2ロケットクラスに所属し、「勉強と部活を頑張る中高生を救え。スポーツを10年も続けた大学生に働く場を。」をテーマに活動。学生時代にクラブ活動で野球や陸上を経験した菅原さんは、地方で勉強に追われながら部活に励む中高生を対象に、大学生が勉強とスポーツの2軸でサポートするプラットフォームづくりを目指している。モバイル端末によって、元プロスポーツ選手やアスリートなどから、コーチ動画を活用したプライベートレッスンが受けられる「スマートコーチ」(https://www.softbank.jp/mobile/service/smartcoach/)のテスト運用をソフトバンクから許可してもらった。当初はZOZO SUITSによるリモート指導の案を練ったが、予算的に厳しいことが分かり、スマートウオッチなどの代替案も考えているという。
【第2ロケットクラス】川村彩乃さん
川村さんは、東京の大学に通いながら、地域留学プログラム「さとのば大学」(https://satonova.org/)を受講し、実際に石川県七尾市に留学。自身は「ふるさとキャンパス」(https://note.com/fullsato_campus/n/n2847fb8533fb)という大学生向けの地域短期滞在型プログラムを運営中だ。ふるさとキャンパスでは、「″面白い自分″に会いに行こう」というスローガンを掲げ、3泊4日で白河市に短期滞在するプログラムを今年2月と3月に実施。NA→SAプログラムに参加したことで、福島と持続的な関わりを持てたり、メンタリングで折れそうな心を支えられたという。次のふるさとキャンパスは、ゴールデンウイークに予定しているそうだ。
【第1ロケットクラス】武藤 昌大さん
武藤さんは、県内のイベント運営や高校生との関わりを通じ、福島の未来を支援する活動を行っている。中学1年の頃から「地方創生イノベーションスクール2030」の福島市チームの一員になり、その後も福島市の行政などの関わってきた武藤さん。「福島県高校生フェスティバル」に連続で関わり、福島大学に入学した現在も支援活動を続けている。NA→SAプロジェクトに参加し、震災学習として小高区から広野町の浜通り沿岸地域を訪問したり、小高の教育に注目した福島大学の「むらの大学」(https://www.fukushima-u.ac.jp/pro/coc.html)の学修も行った。サポータ的な活動から、今後は自分が主体となってオフラインの活動をしたいという。
今回のプロジェクトでは、1年間という短期間ながらも着実に果実を摘んだチャレンジャーばかりだった。その奮闘ぶりを見て、周りの人もモチベーションが上がったり、次のアクションを起こす勇気をもらう相乗効果も得られた。全体の講評を行った南相馬市の門馬和夫市長も「市としても若い人たちのチャレンジを応援し、今後もお手伝いをしたい」と表明。本プロジェクトのチャレンジャーは、これからも一歩ずつ、次の10年に向けてフロンティア精神をもちながら、東北の未来を切り拓いていくだろう。
なお本イベントはYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=lPHcKMmeHeI)でも公開中だ。NA→SAプロジェクトは、福島県内だけでなく、全国からチャレンジャーが参集している。
今季(2022年)からは、アポロクラスの採用を4名から12名に定員を増員したり、ブースタークラスでは現地コンテンツとして、ワークショップや現地ツアーを通じ、オンラインでも参加できる枠も新たに設けた。クラスも並行して受講できる。また引き続き「カタヤブリな大人たち」も開催する。年4回になるがユニークな登壇者を予定しているという【★写真6】。
本プロジェクトに参加されたい方は、ロケットクラスでは年2回、第二期の後期は4名(前期の募集は終了)、また随時4名の募集をしているので、ぜひNA→SAのWebサイトから奮ってご応募いただきい。
執筆:井上猛雄、監修:一般社団法人創生する未来
【関連リンク】
・NA→SAのWebサイト
https://nasa-pj.jp/
・Twitter
https://twitter.com/NASA_PJ
・Note
https://note.com/odakaworkers/n/n9727f38d3b23